書評『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』
こんにちは、Shootです。
今日は、オーストリアのエネジードリンク会社レッドブルについて記された書籍『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』を読んで興味深いと思ったことをシェアしたいと思います。
なお、この書籍は2013年に初版発行のためデータが最新ではないことはご了承いただき、なるべく本質的なところに注目します。
さて、この記事を見てくれている読者の方はスポーツシーンのスポンサーというイメージが強いのではないでしょうか。
後述しますが、実際にレッドブルは創立当初からスポーツをマーケティングの手段として上手く用いてきました。
それに加えて、ユニークなテレビCMなど国民の知名度が高い割には、企業内部のことが実はあまり公になっていないことでも有名。そんな秘密主義企業の元従業員への取材がこの本の主なソースとなっています。
着想はリポビタンD
私たちが思い浮かべるレッドブル社は、1984年にオーストリア人のディートリッヒ・マテシッツがタイのエネジードリンク会社から販売権を取得して設立したもの。この話は何となく聞いたことがあるかもしれません。
しかし、このライセンス取得に至るきっかけを作ったのは我らが日本のリポビタンDでした。
1982年雑誌『ニューズウィーク』で日本の高納税者リストを見ていたマテシッツはそこにはソニーやトヨタのようなグローバル企業を差し置いて聞いたこともない大正製薬の社長がトップにであることに気が付きます。
記事によると、タウリンが含まれた飲料を販売し、1963年にはすでに国際的に販売がスタート。
ここにビジネスチャンスを見出した彼は市場の観察を始め、「この種のドリンクを全て試した」と彼は語っています。
本当はドイツ企業になるはずだった
販売権獲得時ドイツに住んでいたマテシッツはヘッセン州のヴィースバーデンに本拠を構える準備をしていました。
しかし、当時エナジードリンクというカテゴリーが存在しなかったため、一から嗜好品の販売許可を取得する必要があったのですが、役所での承認審査が一向に終わらず彼の故郷オーストリアへ向かったそうです。
ドイツのお役所事情は今も昔も相変わらずのようですね。
エキサイティングな体験を売る
許可が下りた後、現在と同様にクラブシーンでの消費が好まれるも、当時は「貧乏人のコカイン」と呼ばれることもあったそう。
しかし、彼のポリシーは一貫して高値戦略でした。
消費者が求めているものは飲み物ではなく、エキサイティングな体験、生きる喜びなのだ。そのために本来の商品価値よりもはるかに高い対価を支払うことに、消費者はためらいを感じない。
商品コンセプトという観点からエクストリームスポーツとは特に相性がよく販売を加速させたのです。
また、興味深いのが「エキサイティング」、「スリル」というコンセプトがローンチ当時の危機的状況で大きな助けとなったこと。
というのも、マテシッツはライセンスを取得したもののオーストリアやドイツでの販売許可の遅れが度々メディアで報じられ、販売禁止されると思われていたのです。
さらにフランスやスカンディナビア諸国、カナダなどでは実際に通常盤の販売禁止や制限が設けられていました。
しかし、幸運にもこの「禁止」という言葉が逆に主要なターゲット層に魅力と映り、結果的にコアなファンを増やすことになります。
レッドブルはマーケティング会社
スポーツイベントの開催やサンプルの無料配布など特徴的なマーケティングに注目が集まるレッドブル。業界の人は既知かもしれませんが実際に工場も倉庫も保有せず生産と流通は他社に任せて販売と宣伝に専念しています。
さらに注目すべきは「ダブル3分の1ルール」の存在。年間総売上の3分の1をマーケティングに、そのうちの3分の1をスポーツに投入するという積極的な方針が拡大の原動力となっているそうです。
本書で扱っている特徴的なマーケティング例
1つ目は雄牛型にくり抜いた缶のプルタブ。
ドイツでは2003年よりデポジット制度によって空き缶の回収が義務付けられていますが、このプルタブマーケティングは目印としてあらゆる店舗で回収に役立っただけでなく、ロゴの知名度を広める役割を担いました。
2つ目はスポーツマーケティングへの首尾一貫した方針。
イベントに関与する場合は必ずレッドブルの名の元「メインスポンサー」として参加し、F1やサッカーなど買収したチームはすぐに改名、お馴染みの二頭の赤い雄牛ロゴの使用を義務化しています。
さらに著者は以下のようにも述べています。
レッドブル主催のイベントや支援するアスリートの撮影は、会社が準備したカメラマンやクルーが行い、ビデオや写真、あるいはコメントやインタビューは無料でマスコミに配布される。マスコミはそれを利用することにより、缶ドリンク帝国の宣伝に無料で加担する。もし、こうしてレッドブルに関して費やされている放送時間、あるいは新聞や雑誌記事の行数を「通常の手段」、つまりCM枠の購入や広告記事の掲載などを通じて確保するとしたら、14億ユーロの広告費では全く足りないだろう。
レッドブル社がマーケティングに力を入れてきたのは何も偶然ではありません。
それは創業者マテシッツは世界的な消費財メーカーユニリーバ出身、それも国際部門のマネージャーまで登りつめた優秀なマーケターだったからです。
彼に関する資料には「独立以前は平凡なサラリーマンであった」というような説明が多くあるらしいですが、実際には当時からすでに秀でたビジネスマンの頭角を表していたと筆者は否定しています。
全てが成功プロジェクトではない
本書でいくつか失敗に終わったプロジェクトについても触れられており、彼が着手するものが全て上手くいったわけではないことがわかります。
中でも筆者はシュタイアーマルク州のかつてのオーストリアリンクをモータースポーツとフライトセンターに立て替える計画は大きな失敗であったと語っています。
私たちがこの本から学ぶべきこと
今回『レッドブルはなぜ世界で52億本も売れるのか』のレビューを書くに当たって、強調したいと思ったのが一橋大学の楠木建教授による解説の部分です。
なぜかというと本編を読み終えた感想があまりにも1つのパースペクティブに偏っていたと感じたから。
「巨大なマーケティング機構」と「創業者マテシッツ」を客観的に理解するためにも、このパートに注目する必要があります。
楠木氏の主張はまず以下の2点
本書は「スポーツ・マーケティングのベストプラクティス」についての指南書ではない
レッドブルがここまでブランド力を構築した背景にはスポーツ・マーケティングが大きな役割をに担っていることは間違いないが、ここでは商品のコンセプトが完全にフィットしていたことが要因で模倣は難しい。
独創的なビジネスモデルに学べという話ではない
筆者が述べている「巨大なマーケティング機構」という実態はコカ・コーラ以来の業界標準モデルであり、ビジネスモデルがユニークだったから世界的な企業になったのではないと強調。
続けて、創業者ディートリッヒ・マテシッツは商売の原理原則に基づく経営者であったと主張し、そこから私たちが学ぶべき論点を5つ挙げています。
①ビジネスは始める動機が大切
②アイデアとなる端緒はオリジナルである必要はない
③経営における「独立自尊」の重要性
④内部開発への強いこだわり
⑤伝統的なヨーロッパスタイル経営
具体的には、
①マテシッツが最初に作った資料にある言葉
レッドブルのための市場は存在しない。我々がこれから創造するのだ。
が象徴するように、彼は動機からゴール設定まで経営の王道を行く人物。
②前述の通り、リポビタンDから着想を得て、タイのエナジードリンク会社から経営権を取得しています。
③マテシッツは創業当社から借入をせずに営業キャッシュフローから投資に回している。バランスシートの負債リストを見ればいかに経営が健全がひと目でわかるという。また、上場や引退後の株式売却をしないとも明言。
④スポーツファンならお馴染みかもしれませんが、サッカーではアカデミーに力を入れ、F1でもスポンサーではなく自らチーム運営を行い、あくまでスポーツの一部であることが重要。
⑤「商品がブランドを創るのであり、経営者ではないというストイックな姿勢を崩さない」
彼はなりふり構わずメディアに露出するアメリカ的な経営者とは対照的で、セレブとのパーティを最も意味のない時間潰しと嫌うという。
グローバル企業になってもオーストリア、スイスでしか生産せず、またオーストリアに嬉々として税金を納めるが、こうしたところにマテシッツの矜恃が窺えると述べています。
まとめ
RBライプツィヒに関わるようになってから、各オフィスには全種類のレッドブルが完備されており、ホーム戦では従業員の方と会話する機会があるなど自然と接触が増えたレッドブル社。
革新的なマーケティングによって企業を拡大させてきた派手で大胆なイメージとはむしろ対照的で、創業者マテシッツは独自のこだわりと一貫した方針を持った、王道的な経営者であることがわかりました。
また、出版から数年が経ち、戦略の修正はあるものの、マテシッツのこだわりを理解すれば今後も根本的な方針が変わらないことは確かでしょう。
公式サイトによると2019年だけで75億本ものレッドブルが販売され、2018年から10.4%増。
2020年も営業キャッシュフローを財源とした積極的な投資を継続していくということが明記されています。
そして、今後のさらなるスポーツ界への進出や影響力の拡大にも注目です。
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