German Sport Management

'スキマ時間にサクッと' をコンセプトにドイツのスポーツビジネス情報をシェア

ドイツサッカーの土台!総合型地域スポーツクラブ''Verein''とは

こんにちは、Shootです。

先日オンラインイベントでお話しさせていただいた内容を振り返り、Vereinの全体像や税制、仕組み、現時点での自分の考えをまとめてみようと思います。

 

Vereinの全体像

f:id:shootDE:20210120161926j:image

ドイツには地域のコミュニティクラブであるVerein(フェライン)という文化があります。Vereinは英語でいうassociationで共通の目的を持った集団を指します。全国で約60万クラブが存在し、その種類はスポーツに限らず、文化や教育、芸術など多岐にわたります。また、日本語のクラブは広義ですが、ドイツ語ではプロスポーツクラブと明確に区別されて用いられることが一つのポイント。組織の形態としてはNPOや公益社団法人というイメージです。
その中で地域スポーツクラブは約9万、Vereinに所属している会員数は全体で2400万人と言われ、ドイツの総人口がおおよそ8300万人なので国民の約29%が何らかの地域クラブに所属し、スポーツに励んでいる計算になります。
 

ドイツ国内で一番大きな割合を占めるスポーツはやはりサッカーで2万4千クラブ超が存在します。DFB(ドイツサッカー連盟)によると700万人以上が選手登録し、プレーしているそうです。そのVereinが各地域ごとにカテゴライズされて、下は設立したばかりのクラブ、トップがブンデスリーガクラブという構造。ピラミッドの規模感を掴んでいただくために日本と比較すると1部2部が18チーム、3部20チームとここまではJリーグと大差ありません。しかし、4部では地域ごとに5リーグ約100チーム(日本:JFLは16チーム) 5部は14リーグ約300チーム(日本:地域トップ9リーグ80チーム)と一気にボリュームが広がっているのが特徴です。

 

ドイツ・ブンデスリーガは地域密着を確立し、日本のJリーグが地域に根付いたクラブを目指す際のモデルとなったと言われています。世界トップレベルの観客動員数を誇ることでも有名です。シーズン通して平均4万人超、動員率も90%を超えます。
この地域密着に成功している要因の一つが前述したVerein文化、つまり総合型地域スポーツクラブが土台となったリーグの構造であるというのがこの章の主張です。
 
ちなみに現在ブンデスリーガクラブの多くが母体であるVereinとは別に資本会社がトップチームを運営しています。これは1990年代にサッカークラブのプロフェッショナル化が進み、NPOであるVereinと切り離し専門の部署を設けて、さらに資金調達の可能性を広げるために株式会社や有限会社、合資会社の形態を採用したという背景があります。よって厳密に言えば、純粋なVereinとして運営しているのは数クラブのみ。それでも地域クラブであるVereinから派生したという経緯は変わりません。

www.kicker.de

(クラブ名のe.V.という表記はeingetragener Vereinの略で登録されたフェラインという意味)

このように、総合型地域スポーツクラブからプロフェッショナル化していったブンデスクラブと企業から派生し、地域密着クラブを目指した日本のJリーグクラブ。両者を比較する際に、優劣云々以前にその成り立ちと経緯が異なることは注目に値するでしょう。
 

スポーツ文化を発展させた戦後の施策

それでは、なぜVereinを通して現在のスポーツ文化が定着していったのか。もっと言えば、国民の生活の一部となったのか。歴史的に見ると3つの施策が重要な役割を担ったと考えています。
第二の道

第一の道をトップアスリートの育成とし、それに対して幅広い世代への運動促進を目的として1959年に始まった施策。スポーツ連盟主導で行政と協力、設備を整えたゴールデンプランと合わせてソフトとハードの両輪で押し進めました。

ゴールデンプラン
ドイツオリンピック協会が連邦政府、州、自治体に呼びかけ、1960年に開始されました。国民に対して必要な運動施設を割り出し、最初の15年間で約174億DM、日本円で1兆2千億円超えのインフラ投資をしています。
トリム運動
引き続いて1970年にTrimm dich Bewegungと呼ばれるキャンペーンが始まります。言葉の由来はスポーツによって身体をフィットにするというドイツ語trimmenから。現在のフィットネスブームのの発端とも言われています。
この施策は行政に加えて、一般企業が連携し国民一人一人にスポーツを呼びかけたことで有名です。また、特徴としてPRを広告代理店に委託し、マスメディアをフル活用したことやキャンペーン開始時すでに120社のスポンサー企業がついていたことが挙げられます。
 
このような取り組みの結果、スポーツが国民にとって精神的にも物理的にもより身近な存在となり、その需要に対する受け皿の役割を担っていたVereinもまたその基盤を安定させていったという認識です。
 

お金の話

Vereinの立ち位置や歴史的な背景は以上で述べてきた通り。それでは実際にドイツではどう機能しているのかという論点に移ります。
最初に結論を書くと、税的優遇措置や助成金など国が整備した制度、仕組みから恩恵を受けている部分は少なからずあると考えています。
つまり、それらがVerein運営に良い影響を与え、間接的に利益を生み出し、税金として還元されるといった経済的な循環がある程度成り立っているということ。
 
もちろん個別に見ると大きな差があり、経済的に厳しいVereinが存在することも事実。
しかしながら、全体で見れば運営は安定傾向。Bundesinstitut für Sportwissenschaft(連邦内務省に属するスポーツ研究所)の報告によると2016年Vereinの72.5%が黒字を計上しています。 
 
Vereinに関する制度の具体例を3つ挙げてみます。
①年間の売上が日本円にして約440万円に満たない場合、営利目的事業からの収入に対しても非課税
Vereinの収入は以下の4つの領域にカテゴライズされます。

Ideeler Bereich(非営利領域)

会費、寄付金、助成金など

Vermögensverwaltung(資産管理)

土地や建物の賃貸、受取利息など

Zweckbetrieb(特別目的事業)

スポーツ教室などのイベント(営利目的だが、公益性の高い事業)

Wirtschaftlicher Geschäftsbetrieb(経済目的事業)

スポンサー収入、飲食ケータリング、物販など

端的に説明すると、最初の3つは法人税であるKörperschaftssteuer, (Solidallitätszuschlag), Gewerbesteuerが免除。最後の経済目的事業からの利益に控除分を差し引いた額に対して本来は約30%が税金として徴収されるが、前述のように売上が440万円以下であれば非課税となります。

結果として、少額でも経済目的事業からVerein自ら売上を作ることを促します。

 
②年間約37万円までVerein指導者の所得税と社会保険料が免除
ドイツでも多くのクラブではトレーナーやコーチがボランティアとして活動しています。このÜbungsleiterpauschaleという制度は少額ではあるが彼らに非課税の給与を与えることで、少しでもメリットを享受してもらおうというもの。パートタイムで副業として従事してくれる人を増やし、Vereinコストで最大の割合を占める人件費を賄うことを目的としています。
※年間3000€(2021年現在)
 

補足ですが、以上で紹介したものは税的優遇措置の一例です。他にも日本の認定NPO法人が受けられる寄付金への課税控除などもVereinが享受できる優遇に含まれます。

 

③公的助成金などオファーの選択肢が多い
2016年のデータでは市町村、自治体からのスポーツ助成金を受け取っているVereinが全体の約半数。他にも49%が各地域スポーツ連盟から助成金を受け取っており、続いて州からのスポーツ助成金19%、加えて援助団体や援助プログラムからの助成金を収入源としています。
 
また、今回のコロナ対策関連助成金の例を挙げるとVereinは連邦政府と各州から援助を受けることができます。連邦経済エネルギー省のオファーは数ヶ月ごとに条件を変更していますが、基本的には前年同月の売上と比較して何割なら固定費の何割補助といった感じ。一方、州の助成金は例えば人口最大のノルトラインヴェストファーレン州では、ランニングコストを賄えないVereinに対して一律15.000€(約188万円)給付を実施。
 
ちなみにサッカーに目を移すと資金的な援助ではないものの、DFBは毎年アマチュアサッカーに150億円投資していると言われています。
 
この章の最後に付け加えたいことがあります。それは行政の予算が大きいとか、制度が特別優秀だから模倣すれば良いというような単純な結論ではないということです。前半で紹介した歴史的、または文化的な背景などいくつかの前提条件があって初めて成り立つものだと考えています。
そこで一点忘れてはいけないのがEhrenamtと呼ばれる社会奉仕活動です。全国で270万人がこの領域で従事しています。元々このボランティア精神がVereinを支えてきました。時代とともに発展し、総合型地域スポーツクラブ運営のお手本と呼ばれるドイツですが、その土台があるからこそ成り立っているということは今回のイベントから得た学びでした。
 

まとめ

これまでドイツの総合型地域スポーツクラブについてマクロな視点で述べてきました。
 
先日のイベントで新たに気づいたことはボランティア人材の重要性でした。
以前は「どうやって収益を生み出しているのか」という部分によりフォーカスしてこのテーマを考えてきたので、コストの視点に欠けていたことを自覚しました。
 
先週たまたましたドイツ人の友人との会話から思ったことがあったので紹介します。
日独間の働き方の違いは有名ですが、彼らの主張は端的に言うと以下の通りでした。
「そもそも残業が仕方ないことという概念がない。残業代が出るからといって職場に残る人は少数派だろう。同じくらいの生産高を維持してできるだけ労働時間を減らすことを目指したい。」
これはあくまでも友人たちの一意見に過ぎませんが、これまでの経験から根底にある考え方は皆近いように思います。以前RBライプツィヒのサービスチームで働いていた時も終了時間と同時にパソコンの電源を切るのが当たり前。外部と幹部の繋ぎ役をやっていた際も「金曜日だから早めに帰宅したよ」と言われ、16時過ぎには電話が繋がらないということがしばしばありました。
 
したがって、時間外労働を好まないドイツ人にとってVereinでのボランティア活動はプライベートで、労働と完全に切り離しているのだろう。だからこそ、趣味として、そんな主体的な姿勢によってドイツのVerein文化が支えられているのではないかというのが僕の勝手な推測です。
 
 
最後に日本の総合型地域スポーツクラブについて。ドイツに住んでいることもあり、このテーマに関して意見を求められることが時々あります。今回のイベントのために再び考える時間を確保し、実際に参加者の方のお話を聞いた今でも何か決定的なアイデアがあるわけではありません。
それでも唯一言えることがあるとすれば、学校との、そして部活動との強い連携が鍵ではないかということです。日本の総合型地域スポーツクラブの未来を考えるためドイツVereinを引き合いに出す際に「Vereinが日本でいう部活動の役割を担っている」という事実を忘れてはいけません。草の根スポーツ促進の受け皿として機能したのも、絶対数が多く、また国がお金を掛けられるのも、一定数地域住民のコミットメントが期待できるのもこの前提条件があるからです。
よって、部活動と総合型地域スポーツクラブの役割をより明確にして既定路線の相互補完型モデルのブラッシュアップを目指すか、もしくはドイツのように総合型地域スポーツクラブの発展に舵を切るのであれば、地域によっては部活動から完全に地域クラブへ移行するなど、ドラスティックな改革が必要になるのではないかと思っています。
 
後半は主観が多くなってしまいましたが、全体像としては以上の通りです。個人的にも興味深いテーマなので、これをきっかけに長期的に深めていければと思います。
 
それではまた!